--01-- 音が聞こえる          無機質で、冷たく、重く                      それなのに優しく、どこか懐かしい音・・・・    -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- --  枕木の上に並べられたレール、  その繋ぎ目を列車が過ぎる時に発生する車両の振動と空気の振動  -- -- -- -- -- -- -- --  この振動が便利なのだ  子守唄のように心地よく、一定の周期で体を揺らし、耳を優しくなでる  時を埋め、時を刻み、時を告げる・・・  実に便利な振動だ  そっと目を伏せながらこの振動に身も心もゆだね  自らの理に想像の翼を広げるもよし、他人の理に思いを馳せるもよし  私はこの自由な時間が好きなのだ  -- -- -- -- -- -- -- -- -- --  しかし、個室の対面の席に鎮座まします少女は、私とは少し違う趣向のようだ  席から乗り出し膝立ちの状態で窓に手を付け、外の流れていく景色を眺めている  -- -- -- -- -- --  時刻は正午を過ぎていた    「ところでハル」  私は対面の少女に話しかける    「そろそろ昼食にでもする?」  -- -- -- -- -- -- -- --  少し間をおいてから、こちらに顔を向けた少女の表情は  凛とした顔つきで意思の強さがうかがえるが、  どこかのっぺりとしており、感情の読み取れないものだった    「後で食べる」  それだけ言うとまた窓の外の景色に顔を向けてしまった --02--  先ほどまで乗っていた列車の中でも同じことを言っていた  私がお腹が減ってるのもあるが、それ以上に彼女はきちんと食べたほうがいい・・・    「んー、次の列車には食堂車があるから、せっかくならそこで食べるのもいいかもね」  気を使ってることを悟られないように、何気なく会話を合わせる  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  振動が二人の沈黙を埋める  -- -- -- -- -- -- -- --    「まだあまりお腹減ってないし」  窓に顔を向けたまま、そう彼女は言葉を漏らした    -- -- -- -- -- -- -- --  振動が時を刻む  -- -- -- -- -- -- -- --    「・・・・・あとでちゃんと食べるわよ」  -- -- -- -- -- -- -- --  小さくそう呟く彼女の言葉を聞いて、私は目を伏せながら少しだけ口が緩んだ    彼女を連れてきてよかった  -- -- -- -- -- -- -- --  そう思える旅にしたい  -- -- -- -- - - - - - - - -  - - - - - - - - - - - - ─────振動が時を告げる --03-- 【終わりなき始まり】(エキゾチック・クリスタル)  - - - - - -   - -  - - - -     - -  - -   -- --   -- --    「あなたの探偵事務所では、捜査対象の情報の共有や整理とかはしないの?」  私の問いかけに対して、彼女はようやく感情を見せた、  いわゆる怪訝な面持ちというやつだ    「今回の場合、する必要あるの?」  まぁたしかに    「・・・ないかもね」  なぜなら・・・    「『燕楽玄鳥』については私もあなたもある程度詳しく知ってるからね」  彼女の言うとおりだ  -- -- -- -- -- -- -- --  燕楽玄鳥を含めた数人が失踪してからおよそ一年が経過する  行方知らずになることは以前にも何度かあったが、  一年間もの永い期間は私の知る限りでは初めてのことであり、  同時にそれは燕楽玄鳥が定めた"期限"でもあった  私はその後の処理を、今からしに行くわけだ  -- -- -- -- -- -- -- --    「正直、あなたのおかげで助かったわ」  ?  ??  !!? --04--    お礼!?  この子が!??  何の!!??  焼肉おごった時も! 車で迎えに行った時も!! 事務手続きを手伝った時も!!!  一言たりともお礼を言わなかったこの子が!?  驚く私を気にとめず、彼女は言葉を続ける    「関係者がいたほうが施設内を歩きやすいから」  ・・・・・・  あぁ、そういうやつ    「どーいたしまして」  あからさまに不機嫌な顔をしてみせたけど、  その顔を見せたい相手はすでに窓の外へ視線を移していた  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  失踪した者の中には私の身内もいる  とはいえ、おそらく博士や黒巫鳥も一緒にいるだろうし  私のような姉がいなくともあの子たちなら逞しく生きていけるだろう  ・・・・私は薄情な姉だろうか?  ふと、あいつらの顔が頭にうかび、やがて白煙の中に消えていった ─────振動は時を刻み続ける --05-- 【仮想平行次元 〜 Another dimenTion】(エキストラマインド)    「しかし列車というのは時間がかかるわね」  ここのところ無口だった彼女が自ら話題を切り出してきた事に多少驚いた  最近乗り物に乗ることが多くて疲れているのだろうか?  少し心配しつつも私は答えた    「これでも乗り物の中では速い部類のほうよ」    「どうせなら光のように速くなれればいいのに」  また突飛なことを言いだした  一応科学を学んでいた者として一般論を述べておこう    「物体は光の速度を超えることはできない」    「らしいわね」  それぐらい知ってますよ、っとでも言いたそうな顔だが私は補足を続けた    「実際、人類史においてFTL(超光速)技術は実証されたことはないし、     タキオン(超光速で動く粒子)も仮説だけで確認されてない」  私は雄弁に語った  -- -- -- -- -- -- -- --    「・・・詳しいことは分かんないけど、理論的にも不可能って聞いたことがあるわよ」  少し間を置いた後、やれやれといった冷めた目をしながら彼女は私に話を合わせてくれた    「どうかしらね? 理論なんて生モノだし、     【理論的に不可能】と【絶対に不可能】とは同義ではないしね」  -- -- -- -- -- -- -- --    「科学者らしからぬ発言ね」  一呼吸おいてから彼女はそう言った  私はその言葉を幾度も聞き続けてきた  そして同じ回数だけこう答えている --06--      「科学を信じてないからこそ科学を研究するの     この世で最も科学を信じてない者のことを『科学者』って言うのよ     それに言っておくけど私たちは『科学者』ではないわよ」  -- -- -- -- -- -- -- --  ・・・・・おそらく私はいま、さぞ得意げな顔をしているのだろう  彼女がうんざりしたような目でこちらを見ている    「はいはい」  そう言うと再び視線を窓の外へ移してしまった  やはり科学に対してあまり興味はないようだ  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --    「超高速の物質は実は存在している、と言ったらどう思う?」  私の呟きに、彼女はまた視線をこちらに戻した    「さっき発見されたことがないって言ってたじゃない」    「されてないわよ、けど存在はしてるのよ」  面倒くさい、っとでも言いたげな表情だ    「貴方が科学者じゃなくて哲学者だってことがよーくわかったわ」    「哲学者じゃなくて『酌む者』ね、『象牙の杯を酌む者』」  彼女は再びうんざりした目をこちらに向ける    「・・・・結局、同じようなものね」  -- -- -- -- -- -- -- --    「どっちもよく分からないことを言うもの」  そう言って彼女は窓の外へプイっと顔を向けた  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  対岸は遠い、か --07-- 【象牙の杯 〜 Cup of Eibon】    「・・・・・なによ、その『象牙の杯』って」  知的探究心に目覚めつつあるのか、  それとも調査のために仕方なく知識を仕入れておきたいのか  視線は窓の外に向けたままだが、彼女は話を続けた  どちらにしろこれは前進・・・っと言っていいかな?  私はしめしめと思いながら彼女の問いに答えた    「世界の髄が根付く叡智の泉、その底に溜まる深淵を酌む杯のことよ」  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- -- ─────列車の振動が時の経過を告げる  これは・・・・・やってしまったかな?  対岸の彼女は心底うんざりした顔をしながら吐き捨てるように言葉を出した    「あなたに聞いた私が馬鹿だった」  やはりか    「わかったわかった、もっとわかりやすく言うわよー」  あまり期待してなさそうな顔だが、彼女は椅子に座りなおし腕組みをして言った    「よろしく」  -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- --08--      「・・・・・つまるところ人類は世界の仕組みなんて、なにひとつ     分かっちゃいないのよね     この世界全体を海とするなら、人類が知るのはその内のひと滴だけ」  専門分野のことだったので、私の舌は滑らかだった    「世界は広いわねー」  彼女は疲れた顔をして、簡単に端的に最低限の感想を述べた  夢中になって少々喋りすぎてしまったかもしれない    「けど"未知"の仕組みが分からなくても、それを利用することは可能     そういった未知(ブラックボックス)を解明することを目的とした団体を     象牙の杯を『酌む者』(Thinker in the Eibon)と呼ぶの」    「やっと答えが出た」  彼女は深くため息をついて言った  そうか、そういえばそういう質問だった  忘れてた・・・  語源についても解説しようと思っていたが、これ以上深追いするのは止めておこう    「あ〜、ちなみにその象牙の杯ってのはマグカップみたいな形らしいわよ」  何の話をすればいいか分からなくなり、咄嗟にどうでもいい事を語ってしまう    「なんでそんな概念的なものの見た目が具体的に分かるのよ?」    「それはね、見た事がある人がいるからよ」  -- -- -- -- -- -- -- --    「へー」  -- -- -- -- -- -- -- --  誰が? とは聞かないか  おそらくその答えを感づいてのことだろう、  あからさまに興味なさそうな返事をする  ・・・この話はこの辺にしておこうか --09-- 【■|ack◆0x・uG】(ブラックボックスバグ)  -- -- -- -- -- -- -- --    「けどブラックボックスって危険そうよね」  話を戻しつつも、彼女は会話を続けた  私はすかさず反論する    「試行回数を重ねれば安全性も確保できるわ、     それにそもそも絶対的な安全なんてものはこの世に存在しないしね     リスクがなければ進むことはできないわ」    「別に進まなくてもいい気がするけどねぇ、私は今のままの生活で十分だわ」  彼女も続けて反論した  典型的な科学否定派の考え方だ    「『今のまま』といっても、現状維持をするのにも多大な技術や知識が必要になるものよ     【鏡の国のアリス】の赤の女王も言っていたでしょ?     《It takes all the running you can do, to keep in the same place.》     ってね」    「・・・・・」  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- --   彼女は何も言わず、プイっと横を向くと   肘をついてまた窓の外を眺めだした  -- -- -- -- --10--    -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- --   ・・・しまったな、また黙り込んでしまった   少し言葉が過ぎたかもしれない   彼女は嫌いな話題に付き合ってくれているというのに...   私は大人げないな  -- -- -- -- -- -- -- --   しかし考えてみればこの旅は彼女にとってかなり酷だ   今回の調査対象は有史以来最高の天才『燕楽玄鳥』   博士を調べるためには、どうしても数多で高度な技術に   直面しなければならないだろう  -- -- -- -- -- -- -- --   この旅は彼女にどのような影響を与えるだろうか?   いや、そもそもこの旅にこの子が付いてきたこと自体、   彼女がすでに変わりつつある証拠なのだろう  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- -- --11--   対岸の彼女は窓の外の景観を眺め続けている   その黒い眼の虹彩には哀愁が淀んでいるように私には見えた  -- -- -- -- -- -- -- --   彼女との会話は途切れたが、少しは距離が縮まったように思える   会話がなくとも気まずくはなかった   振動が時を埋めてくれるからだ   この振動が便利なのだ   沈黙も苦にならない   そこにあるだけで情緒を演出してくれる   とかく科学者というのは情緒がない、粋でないと言われるが、私はそうではない   それが私が科学者ではないということの証明だろう  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- - --12--   列車は私達を乗せて揺れる   この振動が便利なのだ   子守唄のように身体を揺らし、心地よいリズムで眠気を誘う   このまま永遠にこの揺れに身を委ねていたくなる   さて、どれだけ時が経っただろうか・・・・   私が時を忘れても   振動は時を刻み見続ける  -- -- -- -- -- -- -- --  -- -- -- -- - - - - - - - -  - - - - - - - - - - - - ─────振動が時を告げる   そろそろ降りる仕度を始めるとしよう --13--                              この資料は私が対象の調査をした情報をもとに記したものであり、  推測や憶測が多分に含まれている。   生年月日なども戸籍などで裏をとったものではなく、 不確かなものと言える  しかしそもそも 自身が誕生した日というのは他人が定めるものだ  ならば私がそれを定めても問題はあるまい  これは私の《无現里》だ --14--   連 縁 偽 霊 簿 01 --15-- 天衣無縫の能天気 鳳聯 藪雨 種族 ヒト 能力 次元を越える的な能力 趣味 おしゃべり 料理 昼寝 好きなもの そば 猫 散歩 紅茶 ツバクラ 嫌いなもの 難しいこと 面倒くさいもの 臭いもの 推定誕生日 11/26 --16-- 酒嚢飯袋な単彩 燕楽 玄鳥 種族 ヒト 能力 墨を操る的な能力 遊ぶべきを楽しむ的な能力 趣味 昼寝 うたた寝 シエスタ 好きなもの うまいもん 手抜き 遊び 嫌いなもの まずいもん 努力 ヤブサメ 推定誕生日 10/10 --17-- 得手勝手な影 烏蛇 種族 人間もどき 能力 気配を知られない的な能力 趣味 かくれんぼ 武器の手入れ 好きなもの 寿司 卵 シリアルバー 嫌いなもの 冷めたごはん(寿司は例外) 仕事 雀 推定誕生日 11/22 --18-- 意志薄弱な末っ子 鵐 蒿雀 種族 ヒト 能力 渦を巻く的な能力 趣味 アクアリウム 好きなもの 鳴門巻き ラー メン 対数螺旋 嫌いなもの タコ イカ 大きなもの 推定誕生日 01/04